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1846~1847 小説

リントンが出て行ったときキャシーがぶあいそうなつれに、戸口の上にはなんと書いてあるのかと訊いているのが聞こえました。ヘアトンは上を見上げ、まるで目に一丁字もないらしく頭をかいています。
「どうせろくでもねえことさ。おれには読めねえけど」
と彼は答えました。
「読めないんですって?あたしは読めるわ、英語ですもの。ただね、なぜあんなとこに書いてあるか知りたいのよ」
リントンはくすりと笑いました。彼がおもしろそうな表情を見せたのはこれが初めてでした。
「ヘアトンは字が読めないんだよ。こんな大馬鹿がいるなんて信じられないくらいでしょう?」
「この人、あれで一人前なのかしら?それとも足りないのか、どうかしてるんじゃない?あたし二度も訊いたのに、二度ともぽかんとしてるんですもの、あたしの言ってることがわかんないみたい。あたしもこの人の言うことはまるでわかんないし!」
リントンはまた笑い、あざけるようにヘアトンのほうを見やりました。笑われたヘアトンは、たしかになんのことやらわからない様子でした。
「勉強をなまけただけだよ、そうだろヘアトン?」とリントンは言いました。―「キャシーはきみのことを低脳かと思ってるんだ。それでわかるだろ、きみのいつもいう『本学問』を軽蔑した結果がどうなるか。彼のひどいヨークシアなまりに気がついたでしょう、キャサリン?」
「へっ、本なんかよみくさってなんのやくにたつかよ」とヘアトンは、毎日顔をつき合わせている相手だけに、気やすくやり返しました。そしてまだ何か言いかけましたが、リントンとキャシーはおもしろそうにどっと笑いこけました。軽はずみなお嬢さんは、ヘアトンの奇妙な話しぶりを笑いぐさにしてやれると知って、大喜びなのです。リントンはくすくす笑いながら言いました。
「くさってなんて、どうして言わなきゃなんないんだい?悪い言葉は使っちゃいけないってお父さんから言われたくせに、きたない言葉を使わなきゃ口も利けないんだな。紳士らしくしたらどうだい、ええ!」
「もしもてめえが女のくさったようなやつでなきゃ、いますぐなぐりたおしてやんだがな、へなへなのひょうろく玉めが!」
と腹をたてた野育ちな若者は、怒りと屈辱に顔を真赤にして、その場を去りながら言い返しました。侮辱されたことはわかっていながら、怒りをどう表現していいかわからなかったのです。

※『嵐が丘』 E・ブロンテ(1814-1848) 河野一郎訳 中央公論社 P260~261
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1876~1877 小説

「どうしたの?」と彼女はたずねた。
部屋はひどくきれいだった。ひと目で、ラリーが今朝も、掃除をして、ちゃんとかたづけたことがよくわかった。いくら貧乏風が吹き込んで古着類を持ち去り、きたないごみをいちめんにまきちらしてもむだだった。ラリーはすぐあとについてまわり、なにもかもみがきたて、どんなものでもきちんとかたづけてしまうのだ。この住居では、たとえ世帯は豊かではなくとも、りっぱにきりもりされていることが感じたれた。その日、アンリエットとジュールの二人の子供は古い版画を見つけてきて、それを部屋のすみでおとなしく切って遊んでいた。しかし、ジェルヴェーズは、ラリーが狭い折畳みの床張りベッドの下に横たわって顎までふとんをすっぽりかぶり、真っ青な顔をしているのを見て、すっかり驚いた。まあ!この子が寝るなんて、きっとひどくわるいにちがいない!
「どうかしたの?」とジェルヴェーズは心配そうにくりかえした。
ラリーはもううめき声をたてなかった。そして、静かに真っ青な瞼をあけて、笑顔をつくろうとしたが、唇がひきつってふるえるばかりだった。
「なんでもないの」と彼女はひどく低い声で言った。「ええ、ほんとうはなんでもないのよ」
そして、また目を閉じると、ラリーは声を出すのも苦しそうにして言った。
「このごろ、とても疲れるの、それで、怠けて骨休みしているのよ」
けれども、その子供らしい顔には鉛色の斑点が現われ、はげしい苦悶のあとがはっきり見てとれた。ジェルヴェーズは自分の苦しみを忘れて両手を組み、娘のそばへひざまずいた。ひと月前から、この娘が壁にすがって歩き、体を二つに折りまげて、もうながくもつまいと思われる咳をしているのを見聞きしていた。いまはもう咳をする力もなかった。娘はひくっとしゃっくりをした。すると、口の縁に幾筋もの血が流れでた。
「しかたがないのよ。体があまり丈夫じゃないんだもの」すこしは楽になったように彼女はつぶやいた。「苦しかったけど、すこしはかたづけたのよ・・・・・・。きれいになってるでしょう?・・・・・・ 窓ガラスもふきたかったんだけど、足がふらふらして。ばかみたい!でも、ひとかたづきしたので休んでいるのよ」
そこで言葉をきると、彼女はこう頼んだ。
「ねえ、子供たちが挟で手を切りはしてないか。ちょっと見てくださいな」
だが、階段をあがってくる重い足音を聞きつけると、彼女は身をふるわせて黙ってしまった。ビジャールおやじが乱暴にドアを押した。いつものように一杯ひっかけ、強い酒のつくる恐ろしい狂暴さで目をぎらぎら光らせていた。ラリーが寝ているのを見ると、腿をたたいてあざ笑い、例の大きな鞭をはずしてどなりつけた。
「やい!こん畜生、ふてえあまだ!笑わせやがる!・・・・・・ 牝牛がこの真っ昼間にのうのうと藁に寝そべっているものか!・・・・・・ ひとをなめる気か?のらくら者め・・・・・・。さあ、こら!起きろ!」
彼は早くもベッドの上で鞭をぴゅうぴゅう鳴らしていた。しかし娘は嘆願しながらくりかえした。
「だめよ、お父さん、お願いだから、ぶたないで・・・・・・。きっと後悔するわよあとで・・・・・・。ぶたないで」
「起きねえか」と彼はいっそうはげしくわめいた。「起きないと、脇腹をくすぐるぞ・・・・・・。飛び起きねえか、くそったれ女め!」
すると娘は静かに言った。
「起きられないのよ、わかる!・・・・・・ 死にそうなのよ」
ジェルヴェーズはビジャールに飛びついて、鞭をひったくった。彼はぼうっとして、折畳みベッドの前につっ立っていた。この洟たれめ、そこでなにを歌ってやがる?そんな子供のくせになんで死ぬものか、病気だったわけじゃないじゃないか!うまいことをしようと思ってひと芝居うってるんだろう!なに!よし、わしが調べてやる、もし嘘であってみろ!
「いまにわかるわ、ほんとうなのよ」と彼女は言葉をつづけた。「あたしはできるだけお父さんに苦労をかけないようにしてきたわ・・・・・・。だから、きょうは、おとなしくしてね。そして、あたしにさよならって言って、お父さん」
ビジャールは一杯くわされているんじゃないかと、鼻をつまんだ。しかし、娘はほんとうにいつもとちがった顔をしていた。まるで大人のように深刻でまじめな顔だ。部屋のなかを通りすぎた死の息吹が彼の酔いをさました。彼はながい眠りからさめた人のようにまわりを見まわした。部屋じゅうきちんとかたづいて、二人の子供たちは顔もきれいで、笑って遊んでいる。ビジャールおやじはへたへたとすわりこむと、こうつぶやいた。
「うちの小さいかあさん、うちの小さいかあさんや・・・・・・」
それしか言葉が見つからなかった。しかし、一度だってこれほど大事にされたことのなかったラリーにとっては、それだけでとても優しい言葉だった。

※『居酒屋』 エミール・ゾラ(1840-1902) 古賀照一訳 新潮文庫 P545~547
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